白桃のようにみずみずしく甘酸っぱい青春を謳歌してしかるべきわたしたち若人にも自然は手加減してくれないようだ。
無遠慮に吹きつける潮風は荒々しく猛り、これ以上ないというほどわたしの髪をかき乱していく。一方、視界の端でとらえたダビデの姿は驚くほどいつもと変わりなくて腹が立った。
冗談みたいに頑丈で堅固なそのヘアスタイルが体現する通り、彼はなかなか意思の強い人間らしい。一度「海に行きたい」と言い出したらもう何を言っても聞かなかった。
そうじゃなきゃわざわざこんな季節に遊泳禁止の海に来たりなんかしない。

「だ、ぶで」
「…大丈夫っすか」
「あのね、これが、大丈夫にみえる?」
「…」
「おい聞いてる?」
さん、あれみたい。メデューサ」
「…なんでバネさんはここにいないんだろう。跳び蹴りしてくんないかな」

睨むように視線を向けると、どういう訳だかダビデはひどく満足気な表情をしてわたしを見る。何故だ。
それにしても制服のまま来てしまったのはやはり失敗だったかもしれない。砂だらけになったローファーの心地悪さに舌を噛み、頼りなく風に踊る膝丈のスカートを少し押さえつけながらそう思う。誰もいない砂浜に立ち尽くすこと数分、わたしたちはどちらからともなく顔を見合わせ、ダビデの自転車を停めたベンチまで引き返した。

「寒いね」
「…」
「風強いね」

返事が返ってこないのはいつものことだ。無口な彼は、たいてい頷きだけで相槌を済ます。

「あったかいファミレスに行ってアイス食べたい」
「俺はパフェがいいっす」
「好きだねえ」
「うす」

潮風は容赦なく砂をまき上げ、ところどころ錆びの浮いたダビデの自転車をガタガタと揺らした。もう何年も使っているというその自転車は少し年季が入っていたけれど、良い物だということは見ればわかった。
学校を出る前、駐輪場で物々しいチェーンをはずしながら、ダビデは当たり前のような顔で荷台を指差した。「どうぞ」と言葉を添えて。でもそれは遠慮した。一瞬呼吸を止めてから黙って自転車を転がしはじめたその横顔を見て、胸が痛んだのは嘘じゃない。

「こんな天気じゃ何もできないね」
「はい」
「なんで海に来たかったの?」
「だって、海好きでしょ」
「好きだねえ」
「俺もだけど、さんが」
「…ふうん」
「あ、ダブデっておもしろかったっす」
「えっ今?ツッコミ遅いよ」

並んで座ると、彼の顔は意外と近かかった。座高の差は背丈の差と必ずしも比例しない。そんな事実が改めてわかってしまって少し泣きたい気分だ。風が吹くたび、潮の匂いに混じって馴染みの整髪料が香った。穏やかとは言いがたい灰色の海の向こう、遠くを見つめる横顔は、まだ駐輪場を出たときのままだ。

もしかすると、わたしが少し意識しすぎているのかもしれない。だって昨日までは毎日のようにしていたことだ。でもどこからどう線引きするべきなのかよくわからなくて、線を引くべき境界を定めるのが難しくて、とりあえず引かないよりはいいだろうと。無神経に思われるよりずっといいんじゃないかと、わたしの脳みそはそう結論づけた。

さん」

ぼんやりと海を眺めていたくせに、ふいに真剣な目をしてダビデがわたしの名前を呼ぶ。その視線はいつだって直線的で、迷いがなくて、いつだって逃げ道が見つからない。
ダビデのダビデたる所以はもちろんその風貌から来ているのだろうけど、わたしはあまり彼があの彫刻に似てるとは思えなかった。だって当たり前だが彼は生きているし、呼吸をするし、色があるし、喋るし、ダジャレとか言うし、

「俺を捨てないで」

だから、怖い。


これで最後にしよう、なんて偉そうな言葉はとても言えなかった。
「ごめんね」と言おうとしたのに喉が震えて声にならない。 それでも澄みきった綺麗な目にふと影がかかるのがわかる。
大きい子供のようなその人はもう何も言わなかった。子供のように駄々をこねることはせず、子供のように黙って傷ついていた。涙を隠してくれればいいのに。目を伏せてくれればいいのに。

砂浜を駆ける潮風は随分と無情で、冷え切った指先に酷く応えた。