「世の中って腐ってるね」と言いながらひとつ25ユーロもする高級ふわふわとろとろプリンを幸せそうに頬張る彼女は自分の発言とその行動の不合理性について自覚しているのかそれとも。

、いいんですか?それジョルノのでしょう」
「え?何が?」
「君が今手に持ってるプリン。ジョルノのでしょう」
「…え?ジョルノの?」
「さっき彼が冷蔵庫にしまっている姿を見たよ。3時になったら食べようと笑顔で言っていたけど」

ネアポリスの夏は暑い。灼熱の太陽が地上のありとあらゆるものを照らして焦がして脳みそまでふつふつと湧きあがってしまいそうで、通気性に優れた服を着ている僕でさえ例にもれず汗ばむ陽気となっている。でもそれにしたって今のの顔は、なんていうか、ひどい。みるみるうちにそのちいさな額には大粒の汗が浮かんできてにもかかわらず顔面は蒼白で、今にも倒れそうだ。…うそ、とつぶやくようなか細い声が室内に落ちる。僕は曖昧に微笑んで彼女の不安を受け止める。

「わたしはてっきりミスタのお土産かと…」
「1箱に4つ入りだったでしょ?ミスタのお土産のわけないよ」
「そういえばそうだった…うかつだった…」
「それにそのプリン、隣町のパスティッチェリーアのものだと思う。この頃大人気で行列ができていて買うのも大変らしい」
「へーそうなの?そっかあどうりで美味しいわけだ。あのねえフーゴ、このプリンふわふわとろとろでとっても美味しいんだよ」
「それはよかったね」
「ミスタが買ってくるプリンじゃないねこりゃ」
「ミスタにそんな気の利いたことができるとは思えないしね」
「それもそうだね」
「お前ら揃いも揃って俺の陰口とはずいぶん仲が良いじゃねーの」

気だるげに戸口に体を預けたポーズで僕たちの会話に参入したミスタは口調とは裏腹に実に楽しげな表情を浮かべていた。その顔はすべてを知っているとも言いたげで、その黒い目はが手に持っているプリンを行ったり来たりしていて、その口はにやにやと弧を描いている。それからその視線は僕をとらえて、より一層にやにやと胸糞悪く笑った。僕は彼女の方へ伸ばしかけていた手を早急にひっこめる。ミスタの黒目がそれを見つめているような気がしたからだ。わかっているなら来ないでほしい。まったくもって腹が立つ。

「まあそう怒るなよフーゴ。せっかくの2人っきりの時間を邪魔して悪いけどよォ、今はそんなこと言ってる場合じゃねェだろ、え?」
「なっ、ぼ、僕は別に何も」
「これだから奥手くんは。なあ
「え?なにが?」
「ま、お前も大概だよなァ。がこんなんでラッキーだったなフーゴ?…いやその逆か。いつまで経っても気がついてもらえないんだからよォ〜」
「や、やめろ、黙れミスタ」
「男なら男らしくガッと抱いちまえばいいんだよ」
「っおい!」
「どうしようわたしジョルノにころされるかなあ」
「まあそうだろうな。つーかお前プリン全部食っちゃったの?」

二の句が継げない僕の前をスタスタと通りすぎて(ピストルズの何人かが「ソウダゼコノコシヌケ!」「イツニナッタラコクハクスルンダヨ」「コレダカラオクテクンハナ〜」と声をそろえた)ミスタはの隣の席にドスンと腰かけた。おいそこは僕が座ろうと思っていたのに、後から来たお前がなんで彼女の隣に座るんだ。おかしいだろ。彼女とおしゃべりするのに夢中で出遅れた自分に歯噛みしながら仕方なく向かいの椅子に座った僕をは泣き出しそうな目で見つめる。思わず頬に手を当てるとミスタが「心配すんな、もうとっくに赤ェよ」と言った。

「全部じゃないよ、2つだけだよ」
「なんで2つ食ったの?」
「だってブチャラティは甘いの食べないでしょ、ナランチャは今日任務でいないし、ミスタのお土産なんだからミスタは食べないし、そしたらわたしとジョルノとフーゴとアバッキオの分で4つじゃん!」
「あーなるほどねえ」
「アバッキオの分はわたしが食べてあげようかと思って」
「…前から思ってたけどってアバッキオのこと好きだよな」
「!?」
「うん。好きだよ」
「!?」
「アバッキオ面白いもん」
「いやつまんねえだろ?」
「つまんないところが面白いよ」
「まあそれはわかるけどよォ、からかうのもほどほどにしてやれよ」
「あはは」
「おっ、どうしたフーゴ、顔が青いぜ。心配すんなそういう意味じゃねーよにひひ」
「(こいついつか殺す)」

そのとき、開け放した窓から生暖かい風が吹き込んで頬を撫でた。それから風に乗ってかすかにジョルノの話し声が聞こえた。大方階下でアバッキオと口論(といってもだいたいジョルノがアバッキオをからかって遊んでいるだけなのだが)でもしているのだろう。しかしあの2人がそう長く仲良くおしゃべりをしているはずもなく、かつ時刻はまもなく15時を迎えようとしており、ということはつまりもうすぐ我らが新入りが冷蔵庫のあるこのフロアへ上がってくるということだ。ミスタに向けていた視線を横へずらすと、そこには神妙な面持ちのがいた。彼女は声もなく口だけをゆっくりと動かす。「ヤ バ イ」。そしてすくっと立ち上がったかと思うとかろうじて生存していた2つのプリンを慎重に冷蔵庫へとしまった。それからくるりと僕を振り向く。大きくて丸くて澄んだ瞳がその中心に僕をとらえて僕はたちまち動けなくなる。斜向かいのミスタが「お前ら見つめ合ってんなよ」とからかうように言うので慌てて視線を逸らしたけれどもはまだ僕をまっすぐ見ていた。

「お願いフーゴ、いっしょに逃げて」

言うが早いが、はその小さな手で僕の腕をつかんだ。反射的に立ち上がるとすぐ近くに彼女の顔がありつまり長い睫毛があり綺麗な瞳がありピンク色の唇があり思わず仰け反りそうになるがの手がそれを許してくれない。「いっしょに逃げて、フーゴ」とまた彼女の唇が動いて僕は身動きがとれなくなる。それでもなんでもないふりをしてこくりと頷くとは花が咲くように笑った。可愛かった。

彼女に腕にひかれるまま裏口から屋外へ出るとそこにはやはり灼熱の太陽があるのに、焼きつくような陽射しもねっとりとした空気も滲む汗も、もう何も気にならなかった。ただ彼女に掴まれた右腕だけが酷く熱を持っていた。僕の方から手を伸ばせたら、その小さな手を引いてあげられたらどれほどいいだろうかと頭ではそう思うのに、彼女の横顔を見つめるだけで精一杯だなんて。



このまま君とどこか遠くへ逃げられたらいいのに。ねえ。