光を四角く切り取る窓の横の席を陣取って文庫本を開いた。少し眩しいくらいの光は、白と黒のコントラストを鮮明に映し出す。十字に切り取られた陰がたまに文字にかかって、本を傾けなければいけなくなるのが少々頂けないのだけれど、お気に入りのハーブティーと小説、このふたつがあれば待つことも苦ではなくなった。

「ごめん。待った?」

全く悪びれる様子のない声に顔を上げれば、いつもの能面のような顔がある。「これぐらい」とここに来てから読んだページ数を指で挟んで示して見せる。1センチ以上の厚みは確実にあった。

「ああ、またこの人の話?好きだね」
「ちょっと、見るとこ違うでしょう?」

目の前に音もなく腰を下ろすこの人は、平気で待ち合わせに何時間も遅れてくる。成人済の大人がそんなんじゃ駄目だろうと何回も諭した記憶があるのだけれど、一向に改善された気配は見当たらない。どころか、

「イルミ、私が文庫本持ち歩くようになってから、更に時間にルーズになったよね?」
「本があるなら多少遅れたっていいじゃない」
「こんの屁理屈男が」

淡々とどうしようもない俺様理論を語るイルミを、私は許してしまうから更にこいつはつけあがるのだろう。許さないと言っても具体的に何をするとか、思いつかないけど。この人は何を言われても慌てたり、取り乱したりしなさそうだと思う。実際この表情が崩れるところなんて、見たことがない。
人形のようだと、何度も思う。目の前で「何?」と首を傾げる彼の顔は、先程と一ミリも変わっちゃいない。この男の、顔色を変える様がとても見てみたい。

「…何なの」
「うーん」

ということで、手を伸ばして、ほっぺたを摘まんでみたりしたのだけど。イルミは避けることも表情筋を動かすこともしなかった。むにむにと、そのまま動かしていると、鬱陶しいというばかりに手をはたかれる。ううん、痛くない。

「イルミの表情を変えてみたいと思って」
「ああ、そういうこと」

なら、早くの家行こうよ、とイルミが言う。何が『なら、』なのか。私にはさっぱり分からない。

「どういうこと?」
「俺、の前じゃけっこう変わってると思うんだけど」
「ええー、嘘だ!例えば、いつ?」
「ベッドの中とか」

呆れて口が開いた。まさか、誘われてたとか。赤くなる顔を自覚しながら、そんなの覚えてるわけないじゃない、と。

は自分のことで必死だもんね」
「私、こんな時でもイルミは涼しい顔してるって、悔しくなった覚えがあるんだけど」
「俺のことちゃんと見てないだけじゃない?」
「イルミがちゃんと見させてくれないんじゃない!」

すう、とイルミの目が細くなった。何を考えているのか相変わらず謎だけど、こればっかりは言える。絶対、何か良からぬことを考えている!背中に悪寒が走った。それでも、

「いいから、早く行こう」

目が細くなったイルミをたまらなくセクシーだと思った私が、イルミの誘いを断れるはずもなく、残りのハーブティーを一気に飲み干した。


xxx