「おはよう」

振り向けばが顔を真っ白にして立っていた。いや見間違えた。マスクをしているだけだった。

「なにそれ」
「なにってマスクだよ」
「それは知ってる。なんでそんなのしてるの?」
「風邪をひいたからです」

確かに、言われてみれば顔も赤いような気がした。実際マスクのせいで目から上しか見えないけれど、まあなんとなく。つらいんだろうか。目がどことなく虚ろで気持ち悪い。

「ちょ、イルミさん、病人に気持ち悪いはないよ気持ち悪いは」
「オレ、誰かと違って嘘はつかない主義だから」
「それってヒソカ?」
「うん」
「イルミの場合、嘘を考えるのが面倒なだけでしょ」
「あれ、すごいね。よくわかったね」

えらいえらい。頭を撫でてやった。そしたらむすっとした顔で振り払われた。
なんで。キルと頭の位置が同じで撫でやすいのに。





「イルミ、子ども扱いしないで」
「別にしてないけど」
「嘘だしてる、その手がしてる」
「だったら風邪とかひくなよ」
「…今の言葉、病人の胸には鋭く突き刺さった」
「そうなの?」
「そうなの。もうちょっと風邪をひいた人の気持ちを考えようよイルミ」
「しょうがないじゃん、オレ風邪ひいたことないもん」
「ないの!?一度も!?」
「うん。一度も」
「うわー…さすがゾルディックだね、体調管理もぬかりないんだ」

めずらしく、昼間だった。仕事の打ち合わせなんてオレん家かの家で十分なのに、わざわざこんなカフェのテラスで待ち合わせだなんて、もたいがい大衆じみたことが好きだと思う。そして風邪をひいているくせにホットケーキを頼むのもどうかと思う。 結局はマスクをしたままで、ホットケーキはどんどん冷めていく。オレはコーヒーを一口飲んだ。

「それってそんなに驚くこと?」
「そりゃそうだよ、ま、世の中ではバカは風邪ひかないとも言うけどね」
「…なにそれ」
「ちょっ鋲出さないでよ!冗談だって冗談!イルミはバカじゃないよ、むしろ秀才で優秀だよ」
「そんなのしってる。それより何?世間では風邪ひいたことないとバカって言われるの?」
「いや、まあ…慣用句っていうか、なんていうか」
「ふーん」
「まあただの迷信だから、イルミが気にすることはないよ」
「別に気にしてはないけど。よし、いいこと考えた」
「なに?」
「オレも風邪ひいてみたいからさ、ちょっとうつしてよ」
「は!?いや、うつしてって言われてうつせるもんじゃ」

オレはまたコーヒーを飲んだ。風邪をひいているは、普段よりも防御力が劣っているようだった。まあ健康な状態だとしても大した力ではないから、それでも支障はまったくないけれど。
コーヒーカップ片手に、少し手を伸ばしてマスクをはぎとるくらい、一瞬の時間も要らない。

「ちょ、何すんの」
「やっぱり直接が一番効果的かなと思って。風邪ってウイルス性でしょ?」

その後、少しの間があって、意味を理解したのかが目を丸くするのがわかった。顎をつかむとひっと息を呑む音がしたが、構わず口づける。熱でガードも緩くなっているのか、舌はすぐに見つかり、あっというまにつかまえた。熱い。これも風邪のせいだろうか。こればかりは、普段を知らないのでわからないけれど。 ああきっと、今頃はコーヒーの味を感じているんだろう。コーヒーって風邪にいいのかな?

「…さてと。これでうつるね、きっと」
「い、いい、いるみ」
「あれ、なに顔赤くしてんの?」
「な、な…!」

真っ赤な顔をしたは、まるでたこさんウインナーみたいだった。ちょっと、おもしろい。ガタンと大きな音がしたかと思うと、ものすごい速さで立ち上がり、走っていく背中が見えた。追いかけてつかまえることくらい、造作もなかったけど、面倒なのでやめておく。だってまだコーヒー残ってるし。




  獣 の 瞳 孔




(一週間後)

、風邪うつんなかったよ」
「ああ、ああそう…」
「というわけでもう一回しよう」
「な、なにを」
「なにってキスを」
「! で、でももう風邪治ったから、うつんないよ」
「ああ、別にそれはもうどうでもいいよ。とりあえず、ほら」
「うわあああ」