ブン太に突然キスをされた。という夢をみた。 そうブン太に言ったら「はあ?まじかよお前」と顔をひくつかせた後、「どん引きだわ」と嘲笑された。 むかついたのできっと睨んでおく。うるせーよどん引きなのはてめーのそのたるんだ顎と腹だろうが。 「ブン太、その二重顎どうにかしたら?そんなんだからデブン太って言われるん」 「それ以上言ったら煮る」 煮られては困る。 ので、わたしは仕方なく黙ることにした。ブン太は冗談を言わない。いつだって本気。高らかと「おくちにちゃーっく」と叫んで定番のジェスチャーをすると何故だか白い目で見られたので、とりあえず首を傾けておく。 屋上からはいろいろなものが見えた。真田のクラスが体育をやっているのも見えた。授業中くらい帽子をはずせ。 「なんだその夢。お前どんだけ欲求不満なんだよ」 「…」 「おい。無視すんなデブ」 「デブはお前じゃ」 「…」 「うそです煮ないでうそだってば!!!」 ★ 「な、アレ真田じゃね?」 「…」 「おい。また無視か」 「黙っていろと言ったのはあなたですよ?丸井くん」 「黙ってろとは言ってねえ」 「そうだっけ?」 「うん」 「あっそう」 「てゆーかさっきの柳生の真似なんだけど。気づいた?」 「気づいた」 「じゃあなんでスルーすんの」 「めんどくさかったから」 屋上からはいろいろなものが見えた。空も、雲も、太陽も、いろいろ。けれど、向こうからこっちは見えないんだろう。だって遠いし、ここにいるのがわたしと丸井ブン太だなんて誰にもわかるはずがない。だから準備体操中の真田と目が合ったのも気のせい。そしたら真田が何か怒鳴ったのも気のせい。どこからか「そんなところで何をやっている!!!」なんて声が聞こえてきたのも気のせい。でもその声に反応した体育教師と生徒たちが一斉に屋上に目をやったのは気のせいじゃないように思えたので、わたしたちはすばやく給水塔の影に隠れた。 「つーか何?おまえ俺のこと好きなの?」 「はあ?なんで。」 「だって俺とキスする夢みたんだろい?」 「みたけど。ブン太と、じゃなくてブン太に、だもん。むしろ襲われたっていうか」 「なんだそれ」 「ブン太とキスしたんじゃなくてブン太にキスされたってこと」 「してねーよ」 「知ってるよ。夢だってば」 給水塔の裏は狭かった。ぴったりとくっついたわたしたちの距離は、それこそキスができるくらい近かった。今朝の夢を思い出した。そうだ、あれもそうだった。こうやって屋上にふたりでいたんだっけ。 「だいたいな、夢っつーのは他人に言うと正夢にならないらしいぜ」 「ふーん。だから?」 「うわ。超どうでもよさそう。」 「うん。超どうでもいいんですけど。だから何よ」 「だから、お前ももったいねーことするよなって話」 「は?なにが?」 「だって俺に言わなかったら正夢になってたかもしんないじゃん?」 「なにそれ。あんたとキスするってこと?」 「そう」 「それで?」 「だから、今度同じ夢みたら誰にも言わない方がいいぜ」 「…えええ。いやいや。いやいやいや。むしろ言うよ。言いまくるよ。正夢になんなくていいんですけど。てゆーかなったら困るんですけど」 「ふーん。あっそ。わかった。死ね。」 「死ね!?」 夢の中でも、わたしたちはこうやって身を寄せ合って、喧嘩していた、ような気がする。わたしのスカートの裾をブン太が踏んでいて、しわくちゃになってしまったからだった、ような気がする。でもすぐに仲直りして、それで、それで、 「ブン太」 「…」 「おい。シカトすんなよ」 「おまえだってさっきシカトこいたろーが」 「あれは過失。あなたのは故意」 「うるせーな…なんだよ?」 「ブン太ってわたしのこと好きなの?」 「はあ?なんで。」 「だって正夢にしたいみたいだったじゃん」 「気のせいだろ」 「あっそう」 「おう」 それで、それで、 「欲求不満っていうかさあ、」 「は?おまえ急に話もどんじゃねーよ。わかんねーよ」 「めんごめんご」 「古い」 「知ってる」 「欲求不満なんじゃなくて、ただ、そうなるといいな、って思ってただけだよ」 「ふうん」 「うん」 それで、不意打ちのキスをするんだ。 「やっぱりおまえ俺のこと好きだろ?」 「おまえもな」 (この熱を誰も知らず) |