モールさんとギグルスがデートしたらしい。ギグルスぶっころす。

まずキッチンへ向かい、ありったけの包丁とフォークとスプーンとペティナイフとパンナイフとアイスピックをかき集めて上着に忍ばせた。それからガレージのシャッターを開けて、中を物色するも碌なものが見つからず、仕方なく転がっていた古い木槌を拾ってスカートのポケットにつっこんだ。

だめだ。ぜんぜんたりない。

「ちょっとハンディそのチェーンソー貸してくれない?」
「突然なんだよ」
「ついでに腰のハンマーも貸してよ代わりにこれあげるから」
「えええなにこれ腐ってるんだけどボロボロなんだけど」
「それからドリルとスパナとドライバーとああもういいや工具箱ごと借りるね!じゃ!」
「おおおいちょっと待てええええ」

喚くハンディに木槌を押し付けて逃げるようにその場を去る。一歩踏み出すたびに金属の擦れ合うキンキンという音が鳴り、少し耳障りだけれど仕方ない。振り返ってバイバーイと手を振ると、ハンディはいつものように顔をしかめて短い腕をちいさく振り返してくれた。こういうところがハンディってやさしいと思う。

「よう下衆女」
「女の嫉妬は醜いねえ」

それに比べてこいつらはどうだろう。
おひさまに反射してキラリ、チェーンソーの刃が猟奇的に光る。それにうっとりしながらギグルスをどう切り刻んでやろうか夢想に耽っていると、例の狡猾な笑い声が聞こえてきた。イーッヒッヒッヒッ。

「ヒヒ、見ろよ兄貴、あの女チェーンソー見つめて頬染めてやがる。キメエ」
「笑ってやるなリフティ。今は大事なお客サマだぜ」
「おっとそうだった。ほら見ろよ下衆女」
「何だって取り揃えてあるぜ、醜いお嬢さん」
「ちょっとこっち来ないでくんない二人とも」

いつだって奴らはどこからともなく現れる。そしてだいたい悪事を働いていく。どうやら今日は悪徳商法らしい。並べられた品物はどれも魅力的かつ実用的なものだったけれど、バカみたいに値段がおかしかった。つまり完全な詐欺である。でも今のわたしはギグルスをグッチャングッチャンにできればそれでいいしその他のことなどどうでもよかったので大金をはたいてトカレフとライフルとマシンガンと手榴弾を買った。双子は揃って口の片端を吊り上げ、また例の笑い声をあげる。

「毎度あり」
「じゃあせいぜい派手に死んでこいよ下衆女」
「しかしリフティ、オメーはほんとわかりやすくて悲しくなるな」
「ハ?なんだとシフティ死ぬか」
「テメーがな」

重なり合う罵声を背にして道を急いだ。

そんなわけで今、わたしはギグルスの自宅を目指して通りを闊歩している。体中に大量の武器を仕込んでゆっくりと、でも着実に。こんなにたくさんの荷物をどうやって抱えているのか不思議に思われるかもしれないが、そんなこと、この世界では考えるに値しないのだ。

ただひたすら黙々と歩みを進め目的地を目指す。

道中で出会ったははた迷惑な例の英雄に「やあそんな物騒なものたくさん抱えてどうしたんだい戦争でもするの?」「ああうんちょっと」「何か困ったことがあれば遠慮なくこのボクに助けを求めるがいいよなんたってボクはみんなのヒーローだからね!」「ああうんちょっとごめん用事あるから」「聞いてよこないだなんかさー迷子になってた子供助けちゃってボクってまさにヒーローだよねまあ気づいたらその子内臓だけになってたんだけどアッハハハ」うんぬんかんぬん迫られうんざりしていると、コツコツと愛おしい音が聞こえた。ステッキが地面を叩く軽い音。モールさんだ。

「モールさん!モールさんこんにちは!」

ピタリ、音が止む。モールさんはわずかに首を傾けて、それから何かに納得したように頷いた。会釈かもしれない。黒いサングラスからわずかに透ける瞳がなんともミステリアスでキュンとする。

「今日も世界で一番かっこいいですね!」
「…」
「相変わらずホクロが色っぽくてセクシーでむらむらしてきました!あっやだわたしったら」

自分で言っておいて思わず赤面する。そんなわたしの背後で「ねえキミ聞いてる?ねえボクの話聞いてる?ボクヒーローだよがピンチになったらすぐ助けてあげるよねえねえなんかピンチないのお腹空いたとかでもいいからさあねえ聞いてる?もしかしてボクのこと忘れてない?」とかなんとか喚いているスプレンディドは存在をまるっきり無視されていることにようやく気づいたようだけど、まあそんなのどうでもいい。モールさんだ。モールさんがいるのだ。

「モールさん今日はどこかへお出かけですか?ご予定がなければわたしとデートしませんか?」
「あれ?キミさっき用事あるって言ってなかった?」
「そう?気のせいじゃない?ねえモールさんいかがでしょう」
「…」
「ワーイ!やったー!ありがとうございます!」
「えっ今オッケー出たの?いつ?どこらへんが?」
「ちょっともうスプうるさい黙れ」
「黙らない!なんたってボクはヒ」
「黙れ」
「これくらいじゃヒーローはめげないんだぞ!」
「ところでモールさん、今は何されてたんですか?お散歩?」
「…き」
「でもシカトはよくない!シカトはよくないよ!」
「ちょっうるさいモールさんの声が聞こえないでしょうが!黙れ!」
「…君に」

君に、これを。
どこか憂いを帯びたお顔に恍惚としながら訊くと、目の前にそっと、花束とハート形のギフトが差し出された。広がる甘い香り。HAPPY BIRTHDAYが刻印されたカード。瞬間、わたしの脳内からはギグルス惨殺計画がすべてデリートされた。そんなこともうどうだっていい。ヒーローマスクにほとんど隠されていないヒーローの素顔ほどにも興味がない。だってこれは、何よりも確かな愛の証明でしょう。

思わずモールさんの手ごとを握ると、その顔がみるみる真っ赤になる。湯気が立つほどに熱くなったその体が無性に愛おしい。がばりと抱きつくと、装備していた刃物たちがあちらこちらに突き刺さり、チェーンソーは震えはじめ、しまいにライフルが暴発した。たぶん死んだだろうけどなんてことはない。


再 会 は メ ビ ウ ス の 途 路 に て
いつもどおりのハッピーエンドだ!





「ただモールさん今日はわたしの誕生日じゃないんですけれども」
「そういえば今夜ギグルスのバースデーパーティーするってカドルスたちが言ってたぞ」
「なにそれどういうことあいつらまとめてぶっころすあれ?スプまだいたの?」