「さん、俺と結婚してください」 夕暮れがやわらかいオレンジ色の光であたりを静かにつつみこんでいく。シーソーやお砂場ではしゃぐこどもたちの朗らかな笑い声。それを見守るお母さんたちのやさしい微笑み。本物よりもずっと長く伸びる影、ふわりと吹く風、カラスの鳴き声…、ああ、なんだかすごく風情があるなあ。そう思っていたのに、なんかうん、台無しだよ。買い出しの途中に寄り道した公園で、ぶらんこにゆられていたわたしの前に突然現れた少年は口を開くなりこう言った。 (さん、俺と結婚してください) え?結婚?今この人、結婚してくださいって言った?わたしに?するってーとこれはもしや、プロポーズ?いやいやいやまさかそんなことって…まあ確かにすでに16歳になっているわたしは法的に結婚を許されているわけだけど世間様の目はたぶんきっと冷たいし第一未成年同士の結婚は親の承諾がないと婚姻届だって受理してもらえないみたいだよ前になんだっけ間宮先生の、ああそうだ離婚弁護士でやってた。あのドラマおもしろかったよねーってそうじゃなくてあれ、わたしもしかしてもしかしなくてもプロポーズされた?てゆうかこの人だれ? 「あの、あなたは一体だ」 「叶!!!!!」 だれですか、と続くはずだったわたしの台詞は、突如現れた男の子の叫び声によって遮られてしまった。うわびっくりした…てゆーかどこから出てきたんだおまえ。ルパンかルパンなのか?(風貌的な意味で)驚いたわたしをよそに、目の前の少年はその呼びかけに一切動じることなくわたしをまっすぐな瞳で見つめつづけている。うひゃー頬がピンク色だ。その様子を見て飛び出してきた少年はもう一度大きな声かのう!!!と叫んだ。なんか苛立ちとか呆れとか絶望とかそんなものが含まれているようなすさまじい声だったけど、かのうってのがこのいきなりプロポーズしてきた見知らぬ人の名前なんだろうか。(加納くん?)ってうわ改めて考えてみるとこの人ちょっとやばい人なんじゃ…。あいにくだがわたしには近々プロポーズされる予定の彼氏なんていないし、だいたい彼氏がいたところで高校生のうちに結婚しようだなんて考えないでしょう。普通は。(やっぱりこの人やばい人なんじゃ) 「(ちっ)…織田」 「おまえ部活さぼってなにやっとんねん!ほら帰んで!」 「え、あの…」 「あっすまんなんもないでーこいつのことは気にせんでええから!ほな!」 怪訝な声を出したわたしにそのおだくん?はきらりとした笑顔を向けてその加納くんとやらをひっぱって去っていった。なにがなんだかわらなくてぶらんこの上で呆然とするわたしに「また来ます!待っていてください!!」というなんともアレな声が聞こえてきたけど、これはやっぱりあの加納くんの声なんだろうか。うわーすげーああいうのが俗にいうストーカーってやつなのか。わたし貴重な体験しちゃったのかも、うん。でもストーカーって意外と普通の人なんだね。加納くんって人は普通にかっこよかったし見つめられたときは柄にもなくちょっとどきってしちゃったわけで、てゆうか、え?あれ、かのう?かのうって言ってたよね?それとおだ?あれおかしいななんか見覚えあるぞあのふたり。なんだっけ…特にあの見た目はかっこいいけど気持ち悪い方(=加納くん)はすっごい見たことあるような気がするんだけどだれだっけ…ってあれ!?もしかして叶!?加納じゃなくて叶!?狩野でも嘉納でもなく叶!?叶くん!?あの、三橋のおじいちゃんの学校の、群馬の、……あれ、なんて学校だっけ?(物忘れ激しすぎるぞ自分) ぴりりりり (ぴっ) 「あ、もしもしー?阿部?」 「おー。おまえ遅くね?買い出しに何分かかってんだよ」 「あー…」 「篠岡心配してたぞ。やっぱり一緒に行けばよかったって」 「いやーなんかね」 「なんかなに?」 「プロポーズされた」 「……は?(こいつ頭おかしくなったんじゃ)」 |