「馬鹿だね、」 そう言われたところで、で?だ。 だって馬鹿につける薬はないと言うし、今更そんなことを言われてもどうしようもない。 だから馬鹿でも阿呆でも、なんと言われようと別に構わないよ。うん。どうせ直らないもん。 「の馬鹿、阿呆、間抜け、雑魚、愚鈍」 「いやすいません嘘です。やめてくださいお願いします」 イルミは相変わらず冷たかった。というか無情だった。 アーモンド形の瞳はいつものように黒く、ただ黒く、穴でも開いているかのように底が見えない。まるで闇だ。 「オレ言ったよね?あの組織は最近腕のいい殺し屋を雇ったらしいから、関わらないほうがいいってオレ言ったよね?」 「うん言った」 「到底に敵う相手じゃないから、戦っても犬死するだけだよとも言ったよね?」 「うん言った」 「じゃあ、なんでここにいるの」 会議室には人気がない。今日のイルミの仕事場である。趣味の悪い絵画が飾られ、高級そうな絨毯からは血の匂いが漂う。 彼の任務内容は、今夜室内へ侵入した者をすべて抹殺すること。夜明けはまもなく。任務全うまで、あと一人。 「オレがわざわざ忠告してあげたのに、なんで来るかなあ」 「だってこの仕事、報酬がよかったんだもん」 「そんな理由?腕のいい殺し屋がオレのことだって、わかってたんでしょ?」 「まあね」 「じゃあなんで。見逃すとでも思った?」 「うんと、少しは」 イルミは深いため息をついて、また「馬鹿じゃない」と言った。本当は報酬のためなんかじゃなく、イルミに会いたかったから、だなんて口が裂けてもいえない。けれど、目的は叶ったので、まあ良しとする。カーペットに横たわるわたしの隣に胡坐をかいたイルミは、心底呆れたように目を細めた。わかってる。わたしは馬鹿だ。でもわたしだって本気でイルミに見逃してもらえると思ってたわけじゃないし、それほど子どもでもない。第一これは事故だった。気配だけで敵を察知・攻撃できる優秀な殺し屋・イルミは、反射的に攻撃を開始、鋲だらけになったわたしを見て、初めて事実を悟ったはずだ。 「オレ、お前だなんて思わなかったよ」 「うん。そうだと思った」 「わかってたら見逃したかな?」 「そんなのわたしに聞かないで。ま、イルミのことだからありえないと思うけど」 「なんでよ。わかんないじゃん」 「…なにそれ。本気?似合わない」 「うん、嘘だもん」 「やっぱり」 「死ぬなよ」 イルミが言った。とても面倒くさそうに、息を吐くように言った。それこそ死ぬほど似合わない台詞だったが、嘘ではなさそうだった。 徐々にひいていく血の気に、つい意識を手放しそうになる。 そっと頬をなでるイルミの、いつもは冷たい手が、今はやけにあたたかい。 「死ぬなよ、」 こんなに幸せな気分になれるのならば、死ぬのもそんなに悪くない。 |