闇夜のあわいに身を寄せて


「わたしが勇人のお母さんになってあげる」


きっといつもなら笑って「なにそれ」って言えた。なにゆってんの、お母さんって俺たち同い年じゃん。それに自分で言うのもアレだけど、より俺の方がずっとずっとしっかりしてるよ。なんて、さ。そしたらきみはそんなことないよ!って声を荒げて、一生懸命ことばを探して口を回して、微笑む俺に抗議するんだ。それでたぶん二ヶ所くらい噛んじゃって、俺にぷって笑われて、も照れたようにちょっと笑う。はつっぱしっていく気持ちに追いつこうとして必死に口を動かすタイプの早口さんだから、話しているとき、特に気持ちが高ぶっているときはしょっちゅう、ほんとにしょっちゅう噛む。本人はそれを気にしてゆっくり話すように心がけているつもりらしいけど(ぜったいうそだ)、俺にはっぽくっていいんじゃないかなってむしろチャームポイントみたいにかわいらしく思えるんだ。ああでも、俺がそんなふうに思ってるの、にはひみつだったりする。あれ、話がそれたね。要するに、わたしは根っからのしっかり者だよ!なんて反論されても、あいにく幼馴染として昔からをよーく知っている俺にしてみればお世辞にも彼女がしっかりものだとは全然思えないわけで、「お母さんになってあげる」なんてことば、なにそれって笑い飛ばせるはずだったんだ。いつもなら。


でも今日は、今日だけはだめだった。





「わたしが勇人のお母さんになってあげる」

うつむいている顔をあげたらそこにはおおきな瞳いっぱいに涙を浮かべたがいた。弱弱しく目を細めて、たどたどしく口角をあげた彼女から、関を切ったように涙がぼろぼろとこぼれて白い頬を伝っていく。もう十分泣いたっていうのに、まるで連鎖するみたいに俺もまた泣けてくる。病院特有の匂いがつんと鼻についた。医者と看護婦さんがばたばたと廊下を歩き回る音がすこしうるさかったけれど、目の前のきみの声が頭から離れないよ。



「だから 泣くのは今日だけね」

お母さんじゃなくてお嫁さんになってよ、なんてかっこいい台詞が言えたらよかったんだけど、ごめん、今日だけは

「ありがと、」



( き み の 腕 の な か で 甘 え さ せ て )